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いつものようにモーニングコールを掛けてきた君は いつもと同じ声音で いつもとは違う言葉を掛けてきた 「今夜、うちに来て」 それから付け足した 「でも、出来れば今から来て欲しいな」と 僕は学生服を来て家を出る いつものように「行ってきます」と親に告げ いつもと同じ靴を履き だけど いつもと違う角を曲がる 初めて入った君の部屋はとても暗くて まるで此処だけ夜みたいだった 君はまだ靴を脱いでいる途中の僕を 浴室へと引っ張り込んだ 君は飾り気のない白いパジャマ姿で それは少し濡れていて でも顔は 少しだけ 青かった 見ていてね 惚れ惚れするような声で囁いた君は 君に似合わない鈍い銀色のカッターを取り出した 浴槽の縁にワイングラスを置いて その上で手首に刃を滑らせる 流れるような動作で 僕が驚く間もないほどに けれど僕は 手首を切るその姿がとても美しく見えて そっと君に寄り添った 一滴一滴、滴り落ちる血が 一滴一滴、透明なグラスに注がれる もう疲れたね そう言って微笑む君の 儚げな瞳がとても愛らしくて 昔は楽しかったね そう言って吐息を漏らす君の 渇いた唇がとても可憐に見えて 君の血で濡らした僕の唇で 君の渇いた唇を濡らす 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も…… 毒が抜けてゆく気がするの 何処かで聞いたような台詞を 不意に口にする君に 僕は幻滅にも似た驚きを覚え 挙げ句 死にたい訳じゃないの 耳を疑いたくなるような台詞を 君は臆面もなく口にする 静かに死ねる場所を 優しく死ねる場所をいつも求めて ずっと探して やっと見つけた此処も やっぱりまやかしで 見せかけで 「僕の居場所なんてないのかな」 ぬか喜びに 僕は何度も傷つけられて 首を絞める僕を 君は少しだけ苦しそうに睫毛を震わせて けれど抵抗らしい抵抗もせずに ずっと為すがままで でもやがて息が苦しくなってきたのか 君は細い手を伸ばし たおやかな指先を僕の腕に掛けた 僕等はずっと 大人達の玩具だ 何処で何をしていても 僕等は彼等に囚われる 問い質される そして外も中も 全て覗かれた 僕等自身が知らないカラダを 彼等は幾度と無く暴いた それは これからもずっと続くレイプ 試験管から生まれた僕等は、気が付けばいつも迫害されていて 試験管から生まれた僕等は、いつだって傷を舐め合うことしかできなくて きっと僕等は 実験室の白いマウスで この命も どうせ使い潰されるだけだと そんなこと 小さい頃からわかっていた けれど大人が 口先だけでいつも僕等を騙すから そんな大人でも 僕等を生んでくれた人だからと、信じたのがそもそもの間違いで そんな大人から 逃れられる唯一の手段があるとするなら やっぱりそれは 一つしかなくて 自分を押さえるために噛み締める君の唇が破れて 小さな雫が溢れ出す 君は 苦しそうに掠れた声で言った 死にたい訳じゃないの。本当は、貴方に殺されたかったの。 そして縋り付くように悲しげな目で 一緒に、逝ってくれるよね と僕を求める 一緒じゃなきゃ嫌 と僕を強請る その時僕の手が弛んで 僕の身体は君の身体の上に崩れ落ちた ずっと力を入れ続けていた腕が痛くて攣りそうで でもずっと耐え続けていた君はもっとずっと苦しそうに咳き込んで 逝けないよ、一緒には 泣きそうな声で言う僕に どうして、と君は問う 恥ずかしいけれど 綺麗な君を 僕は腐らせたくないんだ 醜く爛れた君を 大人達の目に晒したくなんかない 死んでまで 彼等の玩具になんてさせたくない だから 「僕は一緒には逝けない」 少し考えてから、それなら、と君は言う 浮かべた微笑みが その後の言葉をなにより確かなものにするように 「それなら、生きていこうよ、一緒に」 今日も、明日も、これからも…… |