*将来論* モドル>>___ ツギヘ>>

「なにかにつけて考えすぎなのよ、あんたは」
 食事の手を止め、有本泉は唐突に言った。
「……は? お前、なに言ってんの?」
 泉は聞き返す久良木慶太を完全に無視して、続けざまに言い放つ。
「秀悟は逆になにも考えなさすぎ」
 差し向けられたフォークから目を逸らした嵯峨秀悟は、芝居がかった仕草で「失敬だな」と肩を竦めた。指先が、カツサンドからはみ出たケチャップに汚れている。それを大雑把に舐め取り、テーブルに備え付きの紙ナプキンで拭う。それから、先程の慶太の問いを同じように繰り返した。
 泉は直接問いには答えず、モーニングセットのツナクリームスパゲティに視線を落とすと、食べるわけでもないのにフォークで麺を絡め取る。彼女はいまだ一度も口に運んでいない。弄ぶかほったらかしかのどちらかだ。
「あたしはさ、考えたわけよ。昨日、一晩中、寝ずに、徹夜で」
『なにを』と、男二人の言葉が重なった。互いに気持ち悪そうな顔をしてるが、彼女は至極マイペースに答える。
「あんたらの将来よ」
 予備校内の喫茶店は開店直後、模擬試験直前とあって客がいない。店内のBGMは控え目な音量だが、それに遠慮することなく男共の声は響き渡った。
『バカじゃねーの?』と。
 その声音が癪に障ったのか、にわかに泉の表情が険しくなる。
「大体慶太はさ、作家になるって言いいながら、応募したことないじゃない。口だけ?」
「はっ、言われてやんの」と秀悟。
「バカ、あんたも同じよ。真剣に絵の道に進むのかそうでないのか、全然はっきりしないじゃない。人生舐めてんの?」
 厳しい眼差しと語調に怯んだのか、秀悟は反論も出来ずに黙り込む。
 泉は漸くスパゲティを口に運ぶと、忙しく咀嚼するが、なかなか無くならない。元々小さい口に一杯の麺を頬張ったのだ。暫く口はきけないだろう。男共にはチャンスだが、逃げれば後が怖い。仕方なく死刑囚の心地で罵倒の言葉を待つ覚悟をして、その間二人は慰め合うように言葉を交わす。
「どうよ、絵の方は」と慶太。
「あぁ、アナログは今まで通り鉛筆で描いてるけど、CGはマウスだから描きにくくて」
 と、秀悟の言葉が終わるか否かの時に、けたたましい音が鳴り響いた。泉がテーブルを叩いたのだ。ふるふると怒りに震え、喉を大きく波打たせて麺を飲み下すと、鬼の形相で秀悟を睨む。
「あんたまだマウスで描いてるの? 早くタブレット買いなさいよ!」
 あまりに刺々しい泉の声。さすがに頭に来たのか、秀悟はむっとした様子で眉を顰めた。なにか言い返そうと口を開きかけたその時、喫茶店の主人がおざなりに声を掛けてきた。あんたら試験の時間だけど大丈夫なのかい、と。電光石火の勢いで、泉は携帯電話を、慶太は腕時計を、秀悟は店内の掛け時計を見る。開始五分前だった。
「ツケといて!」
 それは誰の叫びだったのか。主人が止める間もなく、三人は驚愕のスピードで飛び出していった。後に残されたのは、泉が食べかけのモーニングセットだけ。
 主人はこめかみを押さえる仕草をし、頭を振りながら人知れず深々と溜息を吐いた。
 201教室と202教室の境目で、三人は立ち止まった。受講科目の違いで、泉だけは201教室で模試なのだ。
 泉は二人に向けて指を突きつけると、愛らしい目を険悪に細めて言う。
「あんたたち、模試終わっても逃げんじゃないわよ。わかったわね?」
「わかったようるせーな」
 突き放す慶太を一瞥し、不承不承な態度で教室に入っていく泉。丁度試験監督の講師が階段を上がってくるところだった。慶太と秀悟も慌てて教室に入りながら、まったくよー、と同時にぼやく。
「お節介だよな、あいつ」と秀悟。
「鬱陶しいほどにな」
 一人分の空席を挟んで隣り合う席に着き、鞄からペンケースを取り出す。
「ま、あの態度も今の内だけさ。な?」
 同意を求める慶太に、不敵な笑みを浮かべて秀悟は頷く。
「おうよ、今世紀はおれたちの時代だぜ。百年後とかには『知ってるつもり!?』にでちゃうぞバカヤロウ、ってな。ウィルスで言や、今のおれたちは潜伏期間てやつよ」
 試験用紙が配られる。後ろの席に送り、シャープペンを取りだして氏名を記入する。それから試験が始まるまでの短い間、二人の想像は同じ内容だった。
 泉の驚く顔が目に浮かぶぜ――と。

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