*静かな空気* モドル>>___ ツギヘ>>

 夜の空気を吸う。

 こんな大きな月は初めて見るな。
 そう思いながら、僕は足を止めることなく歩き続ける。

 道に街灯は無く、足元すら不確かな歩道はあと百数十メートルも伸びている。宅地の外れ、この道の先には人が訪れるべき場所は何もないのだから、灯りがないのも当然と言えば当然だ。

 僕の出で立ちは厚めのTシャツにシックスポケットパンツ、靴はオールシーズン用なので夏場の今は熱がこもってしょうがない。白地のTシャツの前面には筆文字の縦書きで「水陸両用」と書かれている。別に防水加工がされてるわけではなく、単にそういうデザインなだけだ。

 真っ赤に染めた髪を夜風が撫で、伸びすぎた前髪が眼球をくすぐる。邪魔な前髪をかき上げる時の癖でやや上向きに顎をあげると、再び月が視界に飛び込んできた。

 でかい。

 普段目にする月の倍はある。満月にはほんのわずか足りないように思える。真円を描くのは明日か昨日だったのか。

 静かな夜だった。今夜に限らずここはいつも静かだが。メインの通りまで徒歩で一〇分はかかり、見渡してもあるのは畑と空き地と新築の一戸建て、アパートだけだ。四階以上の建物もないため、空が広い。田舎とも取れる景色だが、バスで三〇分も走れば人口一〇〇万人を越す都市があるし、自転車を二〇分ばかりとばせば西武デパートも建っている。

 ここはいわば虫食いのような場所だ。上空から見下ろせば、人口の光の海の中にぽっかりと黒い部分が見えるだろう。それがここだ。

 咲穂町――

 名前なんてあってもなくても同じような場所だが、それでも便宜上設定されてなければならない。住人以外の人達が不便だからだ。例えば郵便屋であったり新聞屋であったり。

 突然だが、僕は煙草を吸わない。吸えないし、吸いたくもない。かと言って喫煙者を厭う訳ではない。それだけの話だ。その前に未成年だが。別に屁理屈をこねるための前振りということでもない。「未成年の喫煙は法律で禁じられているが、それを罰する法律はない」だとか。


 悩みがある。悩めないことだ。真剣に悩むことができないことだ。
 心の中心、感情の源泉、感受性の核。そういったモノが僕には欠けているように思える。現代の多くの幼い連中に共通していることのように思えてならない。勝手な想像だが。
 安易な殺人、稚拙な犯罪、美学の欠片もない犯罪者、サル以下の想像力。
 時代の違いは価値観の隔たりを生む。生きた時代が違えば思想も変わる。教育が変われば人格形成も変わる。奴等はこぞってこう叫ぶ。「クズ共」と。しかしそのクズを作ったのは自分たちだ。気づかず、気づいても責任を自覚せず、奴等はこう叫ぶ。「クズ共」と。クズはどっちだ?


 ・・・・・・夜道を歩いていると、大抵こういった思考に没頭する。柄にもなく世の中について考えたりしてしまう。厚顔無恥とはこのことだ。演説かまさないだけまだマシだが。

 夜の風と、夜の空と、夜の空気と、夜の雰囲気と、夜の光と、夜の足音と、夜の囁きと、夜の息づかいは僕を詩的な気分へと誘う。感受性を豊かにし、想像力を鋭敏にさせる。そう、刹那的に。浸ることを許さぬ甘美な痛み。一時間にも満たない遊歩のなかで、僕は何事にも代え難い快楽をこれで得ている。性交よりも自慰よりも、閉じた空間の中で隔離されたモルモットが薬物を注射される瞬間のように悦楽を感じている。

 甘い、甘い愛撫。夜は優しい。夜は優しい。狂えるほどに、狂わされるほどに、狂いたくなるほどに、狂おしいほどに。月こそが太陽、星明かりこそが日光、僕に取っては夜が昼だ。
 生きるために必要なものは水と空気、大地と光、夜と月、星と風、道と食い物、それと音楽。

 それでも、現実はこんなものだ。
 僕は青と白のコンビニに入り、六条麦茶の二リットルペットボトルとブルーベリーチーズケーキ、豚キムチとシーチキンマヨネーズのおにぎりを買う。
 無愛想な店員はおつりを手渡した後にこう言う。
「ありがとうございます、またお越しください」
 常識的な僕はこうする。
「どーも」
 小さな気怠い声で。

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