*square sky babys* モドル>>___ ツギヘ>>

スクウェア・スカイ・ベイビーズ
B 無常なる人の世の常
         
「変わらないモノなんて、なにひとつないのかもな」
 人でごった返した地下鉄のホーム、その最前列に並ぶおれは、ぼそりと呟いた。聞き取れなかったらしく、彼女が「え?」とこちらを見上げる。いつもなら病的なほど色白な肌が、今はうっすらと紅潮している。なにかの間違いでホームの下に落ちかねないほど人が混雑しているせいで、駅構内に凄まじいほどの熱気が充満しているからだ。
 おれたちは夏祭りを楽しんだ帰りだった。殆どの露天を冷やかして、知人の店だけに顔を出した。焼きそばとフランクフルト、薄っぺらいクレープなんか食べて、裏道で涼んだりした。冷静に考えれば楽しいわけがない。すし詰めのような人の流れにわざわざ入り込んで、他人が食べ歩くチョコバナナに服を汚されないように注意しながら似たような店の建ち並ぶ道を歩くだけだ。それでも、何故だか楽しいから不思議だ。彼女といるからかもしれないが、友人同士で行った時も楽しかった。
「前に言っただろ、親友が遠い所に行っちまったって」
 あぁ、うん、とどうでもよさそうに彼女は答える。気に入らなかったが、追求するのも面倒なので話を続ける。
「ずっと、変わらないものだと思ってたんだよ、そいつとの関係は」
 あいつとは、高校で出会った。一年の時にクラスが同じだったのが切っ掛けだ。お互い変わり者だったと思う。類は友を呼ぶ、という言葉があるが、正にその典型だったろう。二人とも他のクラスメートとの仲は芳しくなくて、結局クラス替えまでに溶け込むことはなかった。互いの孤独を舐め合うようにしていたのかもしれない。今となっては、確かめようもないが。
 ぐっ、と背中に力が入る。誰かが後ろを通ろうとして、人を掻き分けているのだろう。誤って彼女が転落してしまわないよう、抱き寄せる格好で支えながら通り過ぎるのを待つ。
「その親友と、ケンカでもしたの?」
「いや。ケンカとか、そういう次元の問題じゃないんだ」
 住む世界が違えてしまった、そうとしか言いようがない。
 おれたちは毎日のように遊び歩き、週末になれば必ずと言っていいほどどちらかの家に外泊した。おれたちは、互いに絶対的に正直だった。努めてそうしていたわけではない。飾る必要のない相手だったからだ。気に入らないところがあれば罵り合い、鬱憤があればどついたり蹴っ飛ばしたりしていた。それで喧嘩になったことなど一度もなかったし、険悪な空気になっても一分もしない内に普段通りの和気に満ちた関係に戻っていた。最高のパートナー、おれはそう信じて疑いもしなかった。いや、信じる、という能動的な思考すら後付けだった。
「いなくなって淋しいんだ。置いてかれたの?」
「置いてかれたって言うか……連れてってほしくもないけど」
 なんだろう、あいつがいなくなったことで、おれの中の部品がひとつ抜け落ちた感覚、それは否定しようもなく確かなことで、けれど喪失した部品を探そうにも何処が欠落してしまったのかがわからない、そのもどかしさに心乱されて眠れないこともあるほどだ。
 目を閉じて、思い浮かべてみる。不規則に、無限の色彩が展開する瞼の裏に、あいつの顔が浮かぶことは、もうない。消えてしまったのか、失ってしまったのか、捨ててしまったのか。
 とん・とん、と彼女がおれの胸の中心をつついた。心臓ではなく、心のある場所を。
「要するにあれね、あんたは、親友がいない現実に、自分の存在意義を失い始めてるわけ」
 密着した姿勢で、上目遣いに告げてくる。その言葉に、あいつとの思い出が、そう、さながら走馬燈のようによぎった。
 ギロチン。処刑道具のひとつだが、こいつの目的は単なる死刑執行の斬首道具ではなくて、斬首された人間が首を失った己の身体を見て想像を絶する恐怖を感じたまま死んでいく、そういう意味も含まれたものだ。痛みを感じる暇もなく、一瞬で死を決定づけられた場合、人ってやつは自分の死を自覚できない生き物らしい。
 一瞬――そう、一瞬だった。
 あいつがいなくなる前日、おれたちはいつもと変わらぬ時間を送った。またな、と言って別れた。次の日、遊ぶ約束はしなかったけれど、暇であればどちらかが連絡をしていたに違いない。あの日、おれが惰眠を貪ることよりもあいつに電話することを選んでいれば、未来は違っていたのかも知れない。
 いつもと変わらぬ時間を送った翌日に、あいつは変わっていた。いや……違う、のか? おれが予想し得なかっただけで、あいつは元々そういう奴だったのかもしれないし、可能性を秘めていたことは確かなのだろう。
「痛いね……伝わってくるよ、あんたの痛みが」
 おれの手を握って、彼女が言う。
 彼女の手を解いて、おれは言う。
「お前、人の心が読めるのか?」
 目を閉じて、口だけで微笑んで、彼女は小さく首を横に振る。否定か、肯定か。
 遠く、地下鉄の訪れが聞こえてくる。近く、段々と、車両がホームに近付いてくる。
「なぁ、○○、あいつは変わったのかな、変わってないのかな」
「変わらないものなんて、なにひとつないんじゃなかったの?」
 
『間もなく、麻生行きが到着します。白線の内側までお下がり下さい』
 
 おい、押すなよ、危ないだろっ
 きゃっ、ちょっとなに?
 いてっ、いてーよ馬鹿、誰だ!
 
 ……わたしが見たのは、地下鉄の車両が迫る線路上に落ちる、彼の姿だった。
 身体はこちらを向いていて、泣きたいんだか、笑いたいんだかよくわからない顔で。
 
 おれも、あいつのところに行けるかな?
 
 唇は、そう刻んで。
 
 季節は夏、月は八月。
 彼の親友が自分の母親を殺してからおよそひと月後の、ある日の事だった――
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