*square sky babys* モドル>>___ ツギヘ>>

スクウェア・スカイ・ベイビーズ
C 鏡の中に自分を探して
 
 双人(ふたり)で独人(ひとり)、独人で双人。双(ふた)つで独(ひと)つ、独つで双つ。
 なにをしても同じで、どこへいくにも同じで、どう足掻いても同じに見られ、どう抗っても同じでしかない。一緒にいれば、わたしはわたしではなく、双子の一人としか見られない。
 
「ちょっと、付いてこないでくれる?」
 浴衣を着たわたし。今日は夏祭り。地下鉄麻生駅で彼と待ち合わせ、一緒に遊びに行く。わたしは今将に家を出るところだった。そこへ、もう一人のわたしが追いかけてきた。色も柄もサイズも同じ、全く同じ浴衣を彼女も着て。
「なんで? いいじゃん、一緒に連れてってよ」
「迷惑、邪魔、鬱陶しい、わかんないの? 他人のデートに、よく割り込もうなんて気になるわね、疑問も申し訳の欠片もなく」
 吐き捨てるように言って、わたしは彼女から視線を逸らす。十秒以上見ていると、気分が悪くなるからだ。病的に色白な肌も、ちょっと力を込めるだけで壊れてしまいそうな華奢な体躯も、全て同じだ。何の因果で、自分とは違う動きをする鏡を見なければならない? 気持ち悪い。
 下駄を引っ掛け、家を出る。扉が閉まる寸前、隙間から、なにさケチ、と不貞腐れた彼女の声が零れた。
「気持ち悪い……」
 思わず言葉が漏れた。
 きっと、会場で鉢合わせになるのだ。否が応でもそういう運命なんだ、わたしは。わたしの思考と行動は彼女の思考と行動と同等で、これまで一度たりとも違えたことがない。つまりわたしが好きな彼を彼女も好きで、なにかと彼に逢いたがる。
 彼のお陰で、わたしは彼女と遭わずに済む時間が増えた。彼には悪いが、なによりそれが嬉しくて堪らなかった。息の詰まる毎日、食事の嗜好も、食べる速さも、排泄を催す時刻も、便秘の期間も、生理の周期も、なにからなにまで、百あれば百、千あれば千、万あれば九九九九までわたしと彼女は同質だった。
 出来ることは可能な限り異質を繕うけど、それではどうしてもストレスが溜まる。慣れない喋り口調、態度、性格、演じる内に、正直な自分を忘れそうになる。でも、彼と居る時だけは、二人の空間、二人の世界にいられる。『わたし』を取り戻せる。大好きな『わたし』を。でも、『もうひとりのわたし』は大嫌いだ。いっそ、いなくなればいいとすら思う。そう、ずっと、思い、願い、祈り続けていた、ずっと、ずっと……
 
 人が死ぬって、どういうことなんだろう?
 医学的な解釈や、科学的な説明で、頭で納得できても心は首を縦に振らない。だって、人間の脳はいくらでも騙せて、現実と相違ない幻覚を容易く見せられるのなら、誰かが言ったようにわたしたちの見る現実が現実である確証なんてなくて、全て夢幻かもしれない、でもそれすら証明する術はなくて、そう、これがもし誰かの夢や妄想でしかなかったら? 想像の中に生きるひとりひとりに個性を与え、別個に動かし、クローズアップさせられるほどの空想力の持ち主の戯れだとしたら?
 そんな世界に、死の意味を問うことなど、やはり、無意味なのだろうか。
 
 彼が地下鉄に轢き殺されてから、そんなことばかり考えるようになった。
 結局誰の責任にもならなくて、鉄道会社も無傷。殺人て、簡単なんだね、わたしは彼の葬式で、遺影に向かって呟いた。その記憶も、もはや過去の残骸に埋もれそう。
 わたしは衰弱していた。食事を取らなくなったからだ。部屋に籠もり、一日中膝を抱えて壁を見つめていた。別に、悲しかったからじゃない、虚しかったからじゃない、殻に閉じこもった訳じゃない、専門家の大先生にご高説賜るような症状は一切ないと断言できる。ただ、必要を感じなくなった、それだけの話し。空腹も感じなかったし、喉の渇きに苦しむこともなかった。ただ、衰弱していった。生命維持装置で仮初めの延命措置を施された患者のように、緩やかに穏やかに苦しみもなく衰弱していた。
 これによって、わたしは初めて決定的とも言える違いを彼女との間に見出すことが出来た。それは想像を絶する幸福だった。
 痩せ細ったわたしはもはや骨と皮だけのミイラのようだったけれど、彼女は相も変わらず可愛らしかった。食も進み、健康的で、彼氏も出来たらしい。張りのある人生を送っているようだ。喜ばしいことだった。別にわたしは彼女の不幸を願ったことなど一度もない。幸せなら、それに越したことはないのだ、わたしと違うのであれば、それだけで。
 
 そんな、ある日。隣の部屋から会話が聞こえてきた。
『○○ちゃんて双子なんだっけ?』
『うん、わたしが一応妹』
『でもおれ、お姉さん一度も見たことないぜ?』
『あー……引き込もりってゆーの? 前に、彼氏が事故で死んじゃって、なんかそれ以来部屋から出てこなくなっちゃったんだ……』
『あ、ごめ……なんか、悪いこと訊いちゃった?』
『ううん、いいの、大丈夫、別に、そんな大したことじゃないから』
『あ、そうなんだ、うん、ごめんね、ありがとう。ふ、双子っていうからにはさ、やっぱり○○ちゃんとそっくりなの?』
『ううん、そんなことないよ。あぁだってほら、そっくりな双子って一卵性双生児ってやつでしょ? わたしたち、二卵性だから、全然似てないよ』
『あ、そうなんだ? へー』
 
 溜息のように、声が漏れた。へー……と、彼女の恋人が漏らした感想と同じように。
 結局。結局? わたしの見てきたものは、幻? だったのだろうか。幻想、理想、思い描いていた願望? そうでありたいと、彼女のように可愛くありたいと、抱いていた憧憬? そんなもので、自分が、今まで、一八年間も? どうして、どうして?
「下らない」
 そう、下らない。
 わたしは煙草を吸っていた。彼が死んでしまってからは一度も手にしていないけれど、引き出しの中に入っている。ジッポーと一緒だ。
 取り出したジッポーの、オイルの残量を調べる。一本目は空に近かったけれど、引き出しの奥から発掘したもうひとつは満量に近かった。火を点ける。揺れる、魅惑的な小さな炎。床に落ち、ややあって、絨毯が怠そうに燃え始める。
 マンションの九階、路地の入り組んだ住宅街、溢れる野次馬、消防車が駆けつけるまで何分かかるだろう。それを、妹と賭けてみたくもあった。わたしなら、三〇分と答える。きっと、その頃までには――
 わたしは、死んでいるだろうから。
 燃えて炭になれば、彼にみっともないわたしの姿を見せなくて済む。きっと、幽霊は生前の最も美しかった頃の姿でいられるはずだ。
 だって、そうでしょう? 全て、妄想の産物なのだから、ねぇ?
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