*square sky babys* モドル>>___ ツギヘ>>

スクウェア・スカイ・ベイビーズ
A 「命の賞味期限」
 
 私が高校受験を控えた中学三年の秋、父親が急逝した。……そう、表向きには。
 
 その日は特に寄り道もせず真っ直ぐに学校から帰宅した私は、居間でのんびりとビデオ鑑賞をしていた。丁度ビデオを見終わった六時一〇分頃、私が椅子から立ち上がると同時に電話のベルが鳴った。
 相手は警察だった。少なくともそう名乗った。私は警察に用などないし、犯罪に関与した覚えもない。頭の中には常に疑問符を浮かべながら受け答えをしていると、警察はあまりに突拍子もないことを告げてきた。
「○○洋和さんが亡くなりました」
 と。父親が死んだと言われて返した反応は、間の抜けた「は?」という一言だけだった。こちらの戸惑いを余所に、母を連れて警察署まで来るように言い、警察官は電話を切った。実に事務的な態度のように感じた。
 暫くの間、私は受話器を握ったまま呆然と立ち尽くしていた。胸中に渦巻くのは腑に落ちない思いと疑念ばかり。けれど警察に来いと言われたのだから行くしかない。母の会社に電話して取り次いでもらい、私は警官から聞かされたままの内容を母に伝えた。
 母も私と似たり寄ったりの反応をした。誰だってそうだろう。私はこの時点でも悪戯ではないかと考えていたし、母に至っては混乱のあまり理解し切れていない様子ですらあった。
 母が家に戻るまでの間、私は頭の中が白く靄がかったように何も考える気が起きずにただぼうっとしていた。あまりに突然の出来事に、思考能力が霧散していたからだ。
 母はタクシーで帰宅し、私を連れて同じタクシーで連絡のあった警察署に向かった。道中、母は困惑も露わな表情で不安そうに私に話しかけていたけれど、私は面倒臭くてぞんざいな返事しかしなかった。
 警察署に着き、母が受付で事情を話すと奥へ案内された。学校の職員室にも似た部屋に通されると、刑事と思しき男性が二人、私たちを迎えた。他に人の姿は見当たらない。二人の刑事は母だけを連れて別室へと歩いて行く。残された私は手持ち無沙汰で、ロビーに戻り安っぽいソファーに座って母が戻るのをじっと待っていた。
 どれくらいの時が過ぎたのかはわからないけど、ふと時計を見て、好んで聴いているラジオ番組を聞き逃してしまったに気付いた。公衆電話がすぐ側にあるのだから、誰かに録音を頼んでおけば良かったと私は後悔した。
 やがて母が戻ってきた。目が赤く泣き腫れている。どうやら父が死んだのは本当らしい。母に付き添っていた警察官が私に父親の死因を説明してくれた。蜘蛛膜下出血。横断歩道を信号待ちしている間に突然倒れて、そのまま死んでしまったのだと言う。原因は過労かストレスか。
 そんな時でも私が考えていたのは、やはり聞き逃したラジオの事だった。
 
 葬式当日――
 控え室で食べた弁当の不味さに辟易した私がコンビニまで買い物に行こうとすると、建物の出入り口近くで友達に会った。わざわざ場所を調べてまで来てくれたことに感謝する私に、友達は口々にお決まりの台詞を言った。けれど私の様子を見て安心したらしい。ぎこちないながらも普段に近い笑みを浮かべてくれた。
 誰も直接は私の父親の事に触れなかった。それはそれで有り難かった。特に言うこともなかったからだ。
 友達を適当な席に案内し、気を取り直してコンビニに向かった。おにぎりと缶のCCレモンを買った帰り、出入り口の前に叔父――父の弟――が立っているのが見えた。どうやら私に用があるらしい。
「ちょっとその辺を歩かないかい?」
 断る理由もないので、私は頷いた。
 叔父は道すがら、とつとつと父の事を話してきた。大学時代がどうとか、ジャズ喫茶をやっていた頃とか、叔父が父親のジャズ喫茶に下宿していたことか……
 私は殆ど相づちを打っているだけだった。叔父は会話をしたいのではなく、父の昔を私に聞かせたいのだと思ったから。
 一周して戻ってくると、建物に入る前に叔父は元気そうで少し安心したよ、と微笑んだ。歩いている間、叔父とて平静そうだったが、この時の笑顔には隠しきれない寂しさが感じられた。私には無いものだった。
 葬式が始まり、順次恙なく工程が進む。父の生涯が私の知らない人によって語られている。面識すらない人達が泣きながら、私の手を握って同情的な言葉を投げかけていく。
 その間も、私は表情一つ動かさず、ただ早く式が終わることだけを考えていた。
 最後、お棺の蓋が開けられて、皆が父に花を添えていく。私の番になり、花を手に、お棺の横に立つ。父の顔を見る。安らかそうな表情だった。私は俯いて肩を震わせた。歯を噛み締めて喉の奥から漏れそうになる声を懸命に堪えた。隣りに立つ父方の祖父が肩に手を置いてきた。
 私が泣いていると思い慰めようとしているのかもしれない。多分そうだろう。
 けれどそれは、勘違いも甚だしいことだった。
 真逆だ。私は満面の笑顔を隠すために俯き、込み上げる笑いを必死に我慢していた。私は父の死を微塵も悲しんでいないどころか、不徳にも歓喜していたのだから。
 
 私の父は世間に比べて何かが劣っていたわけではない。大半の父親に共通するように、自己中心的で独裁的で自分勝手で人の話を聞かないごく有り触れた父親だった。
 無理矢理水泳をやらされただとか、登山に同行することを強要したりだとか、強制的にスキーに連れて行ったりだとかを恨んでいたわけではない。お陰で運動神経の基礎が作られたことに、今では感謝すら覚えている。
 私が父を嫌った理由は単純なもので、生理的に受け付けなかった、ただそれだけのこと。鬱陶しくてしょうがなかっただけのことだった。
 だから私は一つの賭をした。死んで欲しかったけれど殺すことはできない。それならば死んでもらおうと。父が私を溺愛していることはなんとなく感じ取っていた。その愛情を利用しようと考えた。私はある日を境に突然、何の前触れもなく無視を始めた。テレビで見た知識を元に、ストレスで死んでもらおうと画策したのだ。
 言葉を交わさないのは当然として、生活時間を完全にずらした。父が出勤するまでは自室から出ず、父が帰るより先に夕飯を済ませて自室に籠もるなど、徹底的に無視をした。不審がる母親には反抗的な態度を取ることで反抗期と思わせた。
 中学に進学するのとほぼ同時期に始めて二年半、願いは見事に成就した。私は賭に勝ったんだ。二年半の間に父は仕事を三つ変えたけれど、どの職業もさして勤労だったわけではなかった。出勤時間と帰宅時間、給料を考えれば容易にわかる。
 そして私は自由になった。父の束縛から解き放たれたんだ。
 
「――私は、お父さんを殺しちゃったことあるよ?」
 そう言うと彼は不思議そうな顔をした。眉を顰めて困ったように視線を彷徨わせる。
「だからおあいこ」
 微笑んでみせる私に、彼はつられたように拙い笑みを浮かべて見せた。
 二十四度目の夏の日に拾った男の子はその純粋な眼差しで私を見つめている。整った綺麗な目をしてる男の子だった。歳は一九と言うけれど、もう少し上に見える。背はあまり高くない。一六五の私と同じくらいだと思う。
 彼は母親を殺してしまったと、私に告白してきた。懺悔だったのかもしれないけど、それにしては平然としている。
 私は父を殺すことで自由を得た。解っている。束縛していたのは父ではなく、私の被害妄想だったのだと。けれど私が自由になるためには父の死が必要だったことに間違いはない。だから、私は自由になった。
 彼は、母親を殺して自由になれたのだろうか。
 私は思う。人が人を殺すときは、例外なく束縛から逃れたい時だと。
 彼は、自由になれたのだろうか。
 親殺しの禁忌を犯した二人が、一人暮らしの女−わたし−の部屋で見つめ合っている。することはひとつしかないと思えた。
 今更ながら観察してみて、つくづく私好みな男の子だと感じる。運命的とすら言えるかもしれない。退屈な大学生活に飽き飽きしていた私には良い刺激だった。叔父からの過剰な仕送りの有意義な使い道が出来た。
「ね、エッチ、しよっか」
 関係のない思考を振り払い、私は彼を誘う。いつまでも下らない過去に付き合ってる必要はない。私なりにそれを教えてあげたかった。
 全ては私の想像で、幻想かもしれないけれど、所詮自己満足で気持ちよくなれるのならなにひとつ損はない。
 私たちは、迷うことなく土足で楽園へと踏み込んだ――
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